輝いている人を見るたびに、なぜか心がチクッとしてしまったり、思うように動けない自分にどこか落胆してしまうことはないでしょうか。
「人は何者にもなれない」と語るのは、1着に4mの生地を使用したり、全国各地で無料の試着会を開催したりと、アパレル業界の“普通”をひらりと飛び越えるファッションブランド「foufou」の代表・デザイナーを務めるマール・コウサカさん。健やかな心のまま、やりたいことをやっていくためのマインドセットを伺いました。
生まれも育ちも大田区のコウサカさん。大学時代、当たり前に過ごしていた環境に対して、「自分は温室育ちだと感じた」と振り返ります。
「ずっと東京に住んで、都心に行くのが当たり前だったんですが、大学に入っていろんな地方の人の話を聞いていくなかで、彼らが“東京”という街に対して抱く憧れや何かを成し遂げようとする勢いを感じて自分には闘争心も何もないと思ったんです。僕も地元の周りの人もあまり多くを求めていないというか、現状に満足してユルッとした生き方をしているなということに気づいていきました」
そんな気づきから、「自分の人生はあまりにも温室育ちすぎるからちょっとくらい道を外してもいいのでは」と感じたコウサカさん。就職活動を辞め、しばらく無印良品で働いたあと、当時の同僚の勧めもあり文化服装学院の夜間部に入学。同時にアパレル会社に入社し、昼間は仕事、夜は学校と忙しい日々を過ごします。
ただ、会社員を辞めたり、foufouを立ち上げたのは、大きな決意からではなく「風に吹かれるように川に流されるように来てしまった感じです」とも。とはいえ、自分の人生を動かす選択を迫られた時、怖さや迷いがなかったわけではありません。
「もちろん怖さはあります。でも、『どうしよう』って考えている時間がいちばんもったいない。選ぶ前にどちらが正解か考える時間があるんだったら、選んだほうを正解にしていくことに力を注いだほうが早いと僕と一緒にfoufouを運営してくれている会社の方がよく言っていて、僕はその言葉が好きですね。人生ってそれで正解になるんじゃないかなって」
とにかく行動を起こし、自らの人生にストーリーを作っていったコウサカさんですが、そのなかで精神的な浮き沈みに疲弊しそうになったこともあったといいます。
「自分が考えていたことと違う捉え方をされている時はやっぱりヘコむし、喜ばしいメッセージもプレッシャーになることがありました。でも、その浮き沈みによって自分のメンタルが崩れて周りに迷惑をかけてはいけないと思ったんです。自分に期待したり、自分ができると見込んでいるから、一喜一憂してしまっていたと思うのですが、物事ってすごく有機的にいろんなことが混ざり合って決定されていくので、実は自分でハンドリングできることなんてすごく少ない。それなのに自分が決定したと思い込みすぎていたんだと思うようになりました」
それでもやはり人は自分にかすかにでも期待を抱いてしまうもの。行動することはできるし、それを正解にしていくことはできるけれど、「自分が何者かになるということはないと思う」とコウサカさんは続けます。
「『自分が何者かになる』というのも、自分自身ではなく、まわりの目が変わった結果というだけで、まさに有機的にいろんな物事が絡み合って導き出された答えでしかないと思うんです。たとえばM1グランプリで優勝したコンビはまるでその日に人生を変えたように見えますが、その日までの積み重ねや、それこそほかの色んな要素が関わり合って生まれていますよね。何が起きるかなんてわからないし、そりゃ運が悪い時もある。芯を持ちすぎると大きい地震が来た時にポキッと折れて終わってしまうので、持つにしてもぐにゃぐにゃの芯じゃないと辛くなってしまうと思います」
人生におけるエンタメは楽しみながらも、自分の心は凪いだ状態にしておくこと。それはfoufouを長く続けるためにも大切だといいます。
「僕は、周りより優れているとかすごく売り上げを上げるみたいな高度経済成長期的な“高さ”を求めるよりも、熟していくということ、自分の感じる美しさを長い時間をかけて守っていくということが、より良く生きるということなんじゃないかと最近考えています。それが正しいことかわからないですし、もしかしたら高さの先にしか”熟れ”はないのかもしれない」
そんな思いから、今はホームランを打ったり、人生に山場を作ったりするよりも、「いかに明日もバッターボックスに立つか」という意識で仕事をしているといいます。そのうえで「手元にあるカードが何か考える」ということが、コウサカさんにとって重要なんだとか。
「無理して手元にないカードを引っ張って使っても長続きしない。だから、まずは自分のできることを考える。そのうえで、“こだわらないこと”にこだわるということも大切にしています。“こだわらないこと”や“やらないこと”を明確にしていくほうが、本当に自分のこだわりたいことにエネルギーを注げると思うんです」
高い山に登ろうとするのではなく、辿り着いた高原を耕すように、今いる自分を成熟させていく。そんな意識を持っていることで、「時代の流れに焦らなくていい」とコウサカさんは思っているのだそう。
「どうしても人も物も消費されてしまうし、生まれては消えていく速度がすごく速い。foufouは今6年目で、新鮮さがどんどんなくなってきているのですが、ここでトップギアを入れて何かをするというよりは、いかに消費されずにゆっくり長く続けられるかをより考えていきたいです。それはやっぱり、僕が何を美しいと思うかという原点に立ち返った時に、長く続くものや永遠に近いこと、熟しているものが美しいと思うからなんです」
手元にあるカードは少ないかもしれないし、進む速度もゆっくりかもしれないけれど、それに焦る必要はありません。それが世間の言う「普通」とは違っていたとしても、自分の持っているものや心地よい速度、そして自分が何を美しいと思うかを知ることが、あなたの人生を成熟させていくのかもしれません。
ファッションデザイナー。1990年東京生まれ。大学卒業後、文化服装学院II部服飾科に入学、2016年にファッションブランド「foufou(フーフー)」を立ち上げる。2020年には初の著書『すこやかな服』を上梓。
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