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#FOCUS

RYO ASAI

FOCUS VOL.09 朝井リョウ

人の目も常識も変わる。
言葉を身体で感じた瞬間

エッセイ集『そして誰もゆとらなくなった』を上梓した小説家の朝井リョウさん。30代になり変化した価値観、自分や他者を愛すること、認めることについてお聞きしました。

PHOTOGRAPHY
HANA YOSHINO

SCROLL

朝井リョウさんが書き下ろしたエッセイ集『そして誰もゆとらなくなった』は、『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』に続く完結編。朝井さんの執筆を中心とした日常、バレーやダンスの趣味の話、友人のエピソードが朝井さんの軽やかな語りで進んでいく本書は、何も読みたくないと思ったときでも、ラジオ感覚で読みやすく、思わず声を出して笑ってしまいます。実はこのエッセイ群は、さくらももこさんの三部作から着想を得たものだそう。

「実家には自然と触れられる距離に本があったり、両親が図書館によく通っていたりと、本が身近な存在だったんです。家にある本を手当たり次第に読んでいく中で、さくらももこさんの『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』と出会いました。子供でも読みやすく、何度読んでも面白くて笑えて、飽きない。純粋に、本を読むことは楽しいことだという感覚を刷り込んでくれたんです。さらに、年を重ねていくにつれ、このシリーズのようにナンセンスな出来事だけを書き連ねるって本当は難しいことなんだ、と凄みも感じるようになりました。その憧れから、自分ももしエッセイを出せるなら三部作にしたい、内容もメッセージ性皆無の愉快なものにしたい、と思っていたんです」

エッセイも高い頻度で書きながら、長編小説も執筆している朝井さん。そのペース配分はどうなっているのでしょうか。

「私は小説の期間とエッセイの期間を分けて書くようにしています。今回の作品は長編を二つ書いた後だったので、エッセイを書きたい気持ちが溜まっていて、一気にまとめて書くことができました。最近は特に、異なる空気感の文章を同時に執筆する、ということができなくなりつつあります」

二つのジャンルを書く上で、思い出す言葉があるといいます。

「誰の発言か忘れてしまったのですが、言い得て妙だと思ったものがあります。『読者は小説がフィクションでエッセイがノンフィクションだと思うだろうけど、書き手からすると小説がノンフィクションでエッセイがフィクションである』という内容の言葉です。小説はフィクションだと銘打って世に出るので、むしろノンフィクションを混ぜやすかったりする。エッセイは逆に、当然ノンフィクションですという顔をしているので、文章にブレーキが掛かる。小説もエッセイも書くようになって、なるほどなと思いました」

今回のエッセイ集では「悪い人間だと思われたくない」という朝井さんの考えで起きるさまざまな事件が語られています。例えばこれまで届いたすべてのファンレターの内容をエクセルに入力し、サイン会で実際にその人が来たらその内容を話そうと準備するエピソードがあります。良い人だと思われたくて起こした行動が、気持ち悪がられたり、かえって迷惑だったり。朝井さんの徹底的な行動力はどこからやってくるのでしょうか。

「私は人に対して、準備不足だな〜とか手を抜いているな〜とか思ってしまうことがよくあるんですね。その視線が自分に返ってくるんです。自分は人からそう思われないようにしよう、誰にも文句を言われないようにしよう、と意識した結果、準備をしすぎて失敗する。そういうことがずっと続いていますね。いい加減にしてほしいです」

大学生の頃にプロの作家としてデビューしたものの、一般企業に就職した朝井さん。しかし仕事と執筆、両立していく中で苦労もあったといいます。自分にも他人にも甘い考えを持たず、真っ当に生きなくてはと考えすぎてしまう朝井さんでしたが、30代になり気がついたことがあったそう。

「私はずっと人の目を気にして生きてきたのですが、30年以上生きてきてやっと、“人の目”自体がコロコロ変わる、ということに気づきました。小さな例を挙げると、私が会社員になった10年前は、副業はどちらかというと会社への裏切り行為というか、あまり褒められたものではありませんでした。私自身、“副業があると思われない振る舞いをしなければ”と自分で自分を監視しまくっていました。でも今や、副業大礼賛時代ですよね。また、専業作家になってすぐ、ある人から“毎日通勤しない生活なんて社会人とは言えない”みたいに突然叱られたことがあったのですが、今ではその人もリモートワークをしています」

気づきのなかで、言葉の重みを体感していると語ります。

「ずっと、人の目を気にするなって言われても……みたいな感じだったのですが、30年以上生きてようやく、人の目、つまり常識とか価値観とか世間体とか、そういうものは無責任にコロコロ変わっていくことを自分の身体で感じることができました。20歳のときはそう思えなかったと思います。私はこれまで人の目を気にして色んなことを自分に禁じてきていて、寧ろその禁止事項の連なりが人生になってしまっているんです。これから一つずつ取り戻していきたいと思っています。あと単純に、自分のことも他人のことも気にする体力がなくなってきました。オードリーの若林さんが数年前にこのことを言っていたのですが、30代になって、こういうことかと実感するようになりました。色んなことがどんどんどうでもよくなっていくのが、今から楽しみです」

小説家の顔に加え、ラジオのパーソナリティとしても活躍し、今もゲスト出演の声がかかるなどトーク力でもファンを増やしています。書くことと話すことにある共通点があるそう。

「どちらも結局は、情報をどういう順番で出すのかがとても大事だと思っています。特に内輪で発生した出来事を伝えるとき。その人がそういう言動をしたとして何が面白いのかって、文脈を共有していないと伝わらないんです。今回のエッセイだと、結婚式の余興をする話や友人の誕生日を祝う話などは特に内輪感が出やすいので、フラットに伝わるよう心がけたつもりです。全体を通しても、ストレスの少ない読み心地を目指した掲載順になっているので、なかなか本を読み進められない心身のときなどリハビリ的に手にとっていただけたら嬉しいです」

CREDIT

NOVELIST
RYO ASAI

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1989年、岐阜県生まれ。小説家。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年『何者』で第148回直木賞、2014年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞、2021年『正欲』で第34回柴田錬三郎賞受賞。エッセイ集3部作は『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』。2023年、『少女は卒業しない』『正欲』が映画化予定。

PHOTOGRAPHER

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1996年東京都出身。東京造形大学デザイン学科写真専攻を2022年3月に卒業。元カメラマンの父の影響で写真を始める。雑誌やファッションブランドのルックを撮影するほか、個展など多方面で活動している写真家。

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WRITER
BOKUIZUMI

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