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ふがいない僕の社会距離日記

とりとめのない

東京で細々と仕事をこなしながら、カルチャーと生活の日記を綴る27歳の会社員、ミワさん。「今日も飲み会でなにも話せなかった」「スーパーでカゴの中身から夕飯を予想されるのが恥ずかしい」。そんな過度な自意識の中で暮らすミワさんが、世の中とのズレとどのように折り合いをつけるか思案するエッセイ。第一回目は”美容室での会話”についてです。

職場の窓から見えるインベーダーのようないびつな形をしたビルとまったく同じ形のビルがすぐ近くにもう1棟あることに気づいたとき、半ば興奮気味に「あのビルとあのビルは同じだったんですね!」と同僚に伝えた。すると、「だからなに?」という反応をされた。妥当な反応ではあるがそこには意味のないことを話すなというニュアンスが含まれているようだった。

テレビやラジオでは、いわゆるオチのあるエピソードトークが披露される。もちろんそれは面白いし芸である。しかし、それが日常へも侵食し、意味のない会話やオチのない話をすることを退屈に思う人、面白くないと判断する場に出くわすことがある。最近めちゃくちゃ大きい犬を見かけたことや、サイゼのメニューから好きだったピザがなくなった話など誰も興味がないのだ。だから僕はそのことをブログやツイッターに書き留める。しかし、こんな他愛もないことを日常で誰かに話せるようなゆとりが本当は欲しい。

髪を切りに美容院へ行くときは憂鬱だ。大抵は仕事のことや恋人の有無などより中身のあるプライベートな話になりがちだからだ。多くの人の人生にとってそれらは大部分を占めるしあまり関係性の深くない人とは手っ取り早い共通の話題だ。けれども、さしてそんなことに興味のない人にとって仕事や恋愛の話は窮屈でしかたがない。かといって趣味は映画や読書ですと言ったものなら、好きな作品はなんですか?というようなこちらの価値観を試されるような質問をされてしまう。もちろん、そんな試すことをしてるつもりはないのは分かっているが未だに自意識がどうかしているので身構えてしまう。だから美容院へ行くのは億劫になり髪は伸び、誰かに指摘されるまで髪を切らないの繰り返しになっていた。

昨年、近所の行ったことのない美容院を予約した。ああまた憂鬱だと思いながら美容院へ向かうと、とりとめもないことばかりを話してくれる美容師と出会った。クリスマスの夜にファミリーサイズのローストビーフがスーパーで半額で売られていて、ローストビーフは薄いから食べられると思ったら予想よりもお腹いっぱいになってしまった話や、毎年いい手帳を買おうと思うのに結局すぐ必要になって100均で買ってしまう話など生活の中の小さい出来事を話してくれた。僕はそんな話がとても面白いと思ったし、安心した。最近は、伊達巻の材料はなんなんだという話で一盛り上がりもした。きっと、こんな会話を退屈だと思う人もいるだろう。しかし僕は、その人の生活を感じられるような他愛もない話がとても好きなのだ。

時折、男性のほうが論理的であるとか、話に目的を持って話すなどの言説を目にする。こういったことを言うのは大抵男性であることからわかるように、やはり権力のある側が会話の優劣を判断し、とりとめのないことへの軽視を作り上げてきたのではないかと思う。以前、お笑い芸人のAマッソ加納さんが自身のラジオを「ただのガールズトーク」とおっさんに評されたと話していた。そもそもガールズトークの定義はなんなんだという話でもあるし、森喜朗の「女性の話は長い」の発言を思い出した。こういった固定概念はなかなか消えない。

しかし、ここ最近はわずかだがとりとめのない会話を世間が求めているのではないかという感覚もある。冒頭で、テレビやラジオではオチのある話が披露されると書いたが、阿佐ヶ谷姉妹が季節ごとに好きな果物ベスト3を発表し合っているという話を時折している。特にオチがあるわけではないがその他愛なさにいつも笑ってしまうし、阿佐ヶ谷姉妹の現在の活躍ぶりを見るにこういった話を面白いと思う人がたくさんいるのだ。また、『有吉&マツコ かりそめ天国』では有吉とマツコが好きな野菜トップ5など答えのない日常の些細なことを延々と話したりする。それがとても心地良い。

意味もオチもない会話への許容のある世の中になってほしい。会話の優劣を決める権利は誰にもないし、大きな出来事からこぼれ落ちてしまったとりとめのない話は地味で派手さはないかもしれないが、生活の実感がそこには宿っているのだから。

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1994年生まれ。はてなブログにて日記を書き、本にしている。趣味は散歩。

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1994年長崎県生まれ。本を作るレーベル bundleを立ち上げ、編集をおこなっている。その傍ら私情的エッセイと詩の狭間で言葉を使った表現をおこない、2020年には初の詩集「いっさいすべての春」を刊行した。

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