GRIN

わたしはきっとわるくない 02
ぼくいずみ

世界各国のクラシック音楽が流れながら、世界各国の人々が次々に歩いている。もう一時間経ったのか。ラジオのようにオリンピックの開会式を見ている(いや、ほぼ見ていない。唯一じっくり見たのはフィンランドだった。帽子が可愛かった)。
私にテレビのリモコン権限があったならば見ていないだろう開会式は、たしかに隣国で開催されていて。またオリンピックなのか、と感じてしまう。つい最近も開催されていたように思う。

オリンピックやサッカーワールドカップ、ワールドベースボールクラシックなどのスポーツの祭典に、私の人生は縁もゆかりもない。親も熱心に見るタイプじゃなかったので、そのようなスポーツの中継を真剣に見たことは幼少期から今まで一度もない。
しかし、スポーツ選手は何年かに一回の、その大会のために心身削って、己のすべてをかけて、国を背負って、いるのだから、見たほうがいいのだろうな、感動とか、するのだろうな、と思いはするし、見てない、ということに少しの背徳感も実際はあるのだけれど、延々と中継される競技を何時間も熱心に見るのは本当にできないのだった。
非国民だと思う人もいるのかもしれないが、熱中するものは人によって違うので、どうか許してほしい(本当は誰からの許しもなくていいはずなのにな)。

そんな私が熱中するものは何だろう、と考える。欠かさず見ているもの、情報をチェックするもの、心が揺さぶられるもの。いくつか頭のなかに浮かんで、これだ、と思うものは、「洋服」だった。
洋服が好きなのは物心ついたときからで、洋裁が得意な母と、洋服を買うことが好きで知識が豊富な父のおかげだと思う。小学生のころから、おしゃれなブティックに連れて行ってもらっていたし、靴の種類や特徴を父が解説してくれることもしばしばあった。母の作るコートやスカートはとびっきりの思い出で、今も大事に取ってある。

洋服が好きなまま成長して、進学校の高校に通うようになって進路に迷った。洋服と同じく子どもが大好きで、幼児教育を学べる国公立の大学を選ぶのが、その高校で周りの友人と変わらない道だった。でも、洋服のことをもっと知りたい、学びたい、という思いもある。考えあぐねて、思い切って、学年主任の先生に相談した。きっと、先生という立場でも、幼児教育を薦めるだろうと内心思っていたが、その先生が言ったのは、意外な言葉だった。

「好きな気持ちを大事にしなさい。今一番、君が大事にしたくて、知りたいと思う、好きなものを選びなさい。好きな気持ちを信じて、自分で決めなさい。」

今もはっきりとそのシーンを憶えている。真っ直ぐな先生の眼も。その言葉通り、私は洋服を学ぶ学校に進学することを決めた。その選択に、間違いはなかったと、今もはっきり言い切れる。
洋服の学校で、ありとあらゆる側面から洋服のことを学んだ。同時に、東京で最先端の洋服に触れたり、ファッション誌でバイトしたり、アパレルで働いたりと洋服に関わる人生だった。

編集者そして文筆家になった今も、洋服が大好きでたまらない。暇さえあれば洋服を見に行く。伊勢丹に用もなく行くし、GUCCIでうっとりするのも好きだし、古着屋さんで一着のときめきを味わうのだっていい。ああ、洋服のことをいつかたくさん書きたい。
一見、華やかで流行があって、と偏見を持つ人もいるだろう。しかしその華やかさの裏には、デザイナーの想いやパタンナーの精巧さや職人の技やありとあらゆる丁寧さがある。物事の背景を深く知ることはきっと大切で、そうして作られた一着は特別だ。

熱中するものは人それぞれだけれど、お互いにそのことを理解し合うことで、この世界はもっと生きやすくなると思う。オリンピックに熱狂することも、洋服をたっくさん買うことも、美味しいごはん屋さんを巡ることも、きっと悪くなくて、その人の人生に欠かせないピースなのだ。熱中するものがまだなくたっていい。これから出会うかもしれないのだから。好きを信じて、あなただけの人生を生きて。

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1994年長崎県生まれ。本を作るレーベル bundleを立ち上げ、編集をおこなっている。その傍ら私情的エッセイと詩の狭間で言葉を使った表現をおこない、2020年には初の詩集「いっさいすべての春」を刊行した。

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イラストレーター、漫画家。著書に『Less than A4』『セッちゃん』がある。

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