GRIN

わたしはきっとわるくない 01
ぼくいずみ

雨が降っている。私の部屋は一階で、窓もカーテンもなかなか開けられない。開かずの窓という窓たちから、雨音がして朝早くに目が覚めた。本当は思いっきりカーテンも窓も開けたい。うーんと背伸びをして、よし、と一日を始めたい。私の暮らしはまだ完成していなくて、それはどこか、私自身と似ている気がする。

家についてだけれど、一階であることと、とにかく狭いこと以外、不便はしていない。歩いてすぐにコンビニがあって、駅まで歩いて4分。駅前には商店街があって、必要なものは大体揃う。
ワンルームの私の部屋は好きなもので満たされていて、私のすべてだ。お気に入りの洋服に靴、バッグに帽子。レコードもいくつかあって、レコードプレイヤーは奮発していいものを買った。その代わりテレビは安物で壊れかけていて、ほとんど見ていない。小学校に入るとき、おじいちゃんが買ってくれた机は、ヴィンテージ調でお花の取っ手が可愛い。この部屋に引っ越すときに、その机を引き取った。もういないおじいちゃんのたましひが、ある気がして。10年以上ぶりに、この机の前に座る。参考書はもう開いていなくて、原稿を書いたり仕事をしたりしている。ごろんと寝てばかりいるベッドは、くま柄のシーツが可愛い。ぬいぐるみが捨てられない。部屋の壁には絵がたくさん飾ってある。そしてとにかく本だらけ、ベッドの上にもベッドの脇にも山積みの本本本。この家は私の家だけれど、本と服の家で、その隙間に私が住んでいるような気さえする。それでも、私だけの私の部屋。いろんな部屋に、いろんな人と住んだけれど、今の家は特に好きだ。私が私でいられる、最高の居場所。

東京で暮らして10年。子どものときに思い描いていた、10年や20年後の、私の暮らしには到底届いていないだろうけれど、10年、なんとか生きぬいた。生きてきた、っていうよりも、生きぬいた。
子どものころの夢は、ケーキ屋さんやモデル、ハーモニカで世界を回るという夢もあって、年齢とともにいろんな未来を描いていた。そのなかで「作家」という夢を持ったのは、小学校6年生のころだったか。その夢の近くには、わずかにいるのかもしれない。

小学校6年生の、卒業文集のことをよく覚えている。それぞれプロフィールを書くページがあって、その項目のひとつに、「あこがれの人」と書く欄があった。スポーツ選手や有名人を書くのだろうが、私の周りは違っていた。隣のクラスの、Aちゃんの名前をみんな書くのだという。Aちゃんは、勉強もスポーツもできて、性格もよく、みんなから尊敬されていた。Aちゃんはそれを鼻にかけることもなく、みんなに優しくて面白い。男子とも先生とも仲が良い。先生には一目置かれているのがわかる。こんな完璧な子がいるんだ、という感じで、すごいなと思っていたが、どうしても、私は「あこがれの人」の欄にAちゃんの名前を書くことに抵抗があった。前述した通り、すごいなと思うが、特にあこがれていなかった。そして何より、みんながこぞってAちゃんの名を書く行為が気持ち悪いと思ったのだ。この輪の中に入れというのか。絶対に嫌だ。
結局私は「あこがれの人」の欄に、Aちゃんの名前を書くことはなかった。当時好きだった小説家の名前を書いたと思う。どうしても、あの気持ち悪い、同調圧力に耐えられなかった私がいた。
その性格は、15年以上経った今も変わらない。普通に生きられたら(そもそも普通に生きるとは)どんなに楽な人生だったか。けれど、これが私で、私の人生。あこがれるのは、今もAちゃんではなくて、小説家や編集者のかっこいい大人たちだ。

誰からも尊敬されなくていい。あこがれの存在になれなくてもいいし、かっこよくなくていい。思い切りカーテンを開けられなくていい。いつまでも朝が苦手でいい。お腹痛くていい。ぬいぐるみが好きで可愛いものが一生好きでいい。
どんな私でも、私は私を愛したい。
私はきっと、悪くない。

CREDIT

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1994年長崎県生まれ。本を作るレーベル bundleを立ち上げ、編集をおこなっている。その傍ら私情的エッセイと詩の狭間で言葉を使った表現をおこない、2020年には初の詩集「いっさいすべての春」を刊行した。

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イラストレーター、漫画家。著書に『Less than A4』『セッちゃん』がある。

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